ある保育園のベテラン園長先生が、こんな話を聞かせてくれました。ある日、3人の2歳児がコソコソと何かをしそうだったので、気づかれないよう後ろからついて行きました。向かった先はトイレ。
間もなく、キャッキャとはしゃぐ声が聞こえてきました。のぞいてみると、便器にトイレットペーパーを入れて、ジャージャー流しているではありませんか。
この時、園長がまず感じたのは「うちの子たち、なんて素敵なの!」だったそうです。子どもたちが徒党を組んで、小さなプロジェクトを行っている様子から、幼児期に必要な仲間関係が育っている手応えを感じたと言います。
とはいえ、そのまま見過ごすわけではないのです。「これこれ、きみたち……」と声を掛けると、3人はビクッと跳び上がり、引きつった顔で園長の顔を見ます。詰まり始めているトイレを一緒に掃除。「楽しそうだったけど、トイレ詰まっちゃうからね。やめとこうね」という感じでその場を収めたようです。
子どもたちにとって、これはどんな経験だったのでしょう。なんとなく 清々 しいものだったのでは、と想像します。ちょっと“悪いこと”なのは知っている。でも、ワクワクするからやってみたい。
園長先生は子どもたちの心に共感し、仲間関係が育っていることを肯定的に受け止め、その上で一緒に後始末をしたのです。そういう大人に、子どもは信頼を寄せるのではないかと思います。そして、だんだんとこうしたイタズラはやらなくなっていくでしょう。記憶に残るのは、友だちとのワクワクと大人への信頼感という、大切な感情体験なのではないかと思うのです。
子どもの成長過程には、たくさんのイタズラや悪さがつきものです。ハイハイで移動でき、手が使えるようになった子は、ゴミ箱をあさり、ティッシュをどんどん抜き取り、大人が「コラッ!」と言うとうれしがります。3歳くらいになるとダイナミックに鼻をほじって食べることもあります。
親はやめさせたい行動でしょうが、私が大学生時代にボランティアで介助をした脳性まひのある女性は「子どもの頃から、一度でいいから鼻をほじって食べてみたかった」と、語ってくれたことがあります。子どもにとって、大人が嫌がる行為こそ魅力にあふれているのかもしれません。
少子化が進行し、子どもという存在がマイノリティーになっています。きょうだいの世話や子守りの経験がないまま親になる人も増えています。これは時代であり、仕方ないことです。
でも「子ども」とはどんな人たちで、どんな経験が不可欠なのか。子どもの心を代弁してくれる大人の存在は重要です。子どものイタズラや悪さに寛容な、でも放っておくわけでもない社会であればと願います。
◎「子育て応援団」は第4土曜日に掲載します。次回はNPO法人キリンこども応援団代表理事の水取博隆さんが担当します。