全国にある原爆慰霊碑や非核・平和を願うモニュメントといった「原爆関連碑」を紹介する企画展が、東広島市の広島大学総合博物館本館で開かれている。同大学の熊原康博教授(自然地理学)らのグループが約5年かけて、計720基の設置場所や目的、時期などを調査。各地で被爆の記憶や平和への願いが、どのように継承されてきたかを分析した。(綾木佑我)
これまで全国にある原爆慰霊碑やモニュメントの全体像は明らかになっていなかったという。熊原教授らは2021年から、新聞記事やインターネットなどを通じて情報を収集。25年からは現地にも足を運び、数を確認してきた。
その結果、広島県内には292基、長崎県内には154基と、約6割が二つの被爆地に集中していた。東京、大阪がともに35基と続き、北海道や東北地方などでも複数見つかった。資料のない慰霊碑などもあるとみられ、数はさらに増える可能性がある。
熊原教授によると、設置の目的は、原爆犠牲者を追悼する「慰霊」と核兵器のない世界の実現を後世に伝える「非核・平和」の二つに大きく分類できるという。「慰霊」が320基(44%)、「非核・平和」が286基(40%)に上り、両方が目的の「混合」も77基(11%)あった。
被爆地では「慰霊」が大半を占めた。その他の地域では「非核・平和」の割合が高かったが、「慰霊」のために建てられたとみられるものもあった。
その一つが、東京都葛飾区の青戸平和公園内にある慰霊碑だ。「放射能の病苦と貧困と差別と政治の無視に耐えひたすらに戦後の日本を生きた」などと碑文に刻まれている。
熊原教授は「移住した被爆者らが差別や後遺症に向き合う中で、亡くなったほかの被爆者たちを弔ったり、慰霊の対象にしたりする理由で建てたのではないか」と分析する。
調査を通じ、平和運動が盛んだった時期に設置された慰霊碑やモニュメントが多いことも判明した。
設置数を1945年から10年ごとにまとめたところ、1985~94年が181基で最多だった。熊原教授によると、被爆40年を機に全国で平和運動の機運が高まっていた頃で、核兵器の廃絶と恒久平和を願い「非核平和都市宣言」をする自治体も増加していたという。熊原教授は「自分が住んでいる地域にも慰霊や非核のための碑があることを知って、平和について学ぶきっかけになれば」と話す。
企画展では、調査結果を紹介するパネルや、各地の慰霊碑を3Dプリンターで再現した模型などが展示されている。無料で、10月7日まで。開館は午前10時~午後5時。