9月は防災月間。自然災害の多い日本では備えが欠かせない。今回訪ねたのは、非常食を製造販売するリーディングカンパニー、尾西食品の宮城工場(宮城県大崎市)。生産現場を見学し、非常食の歴史と変遷を取材した。
五目ごはん、チキンライス、おかゆ、カレーライスセット、おにぎり、パン、クッキー……。100種類以上あるという。多彩な非常食に感心した。
五目ごはんと、おにぎりを試食した。五目ごはんはお湯を注ぎ、15分で完成。日常食でもいいと思うほどのおいしさだった。秀逸なのは、おにぎりだ。三角形のフィルム内に湯を注ぐと、にぎらずに完成する。手順に従ってフィルムをはがすと、あとは食べるだけ。水が十分に使えず、手洗いができないことを想定して、手を触れずに作って食べられるよう工夫した商品だという。
米飯非常食の生産ラインをのぞいた。水に十分浸されたコメがベルトコンベヤーに乗せられていた。太田幸治製造部長は「100%国産米を使用している。100度の蒸気で蒸し、急速に乾燥させることがポイント。そうすると水やお湯で戻した時、モチモチの食感になる」と説明した。
乾燥したコメは具材と一緒に包装される。賞味期限は5年半。工場は3交代で24時間稼働し、1日10万食を製造する。主な納入先は官公庁だが、企業やスーパーなどからも引き合いがあるという。
工場では災害に備え、200万~400万食が常に備蓄されている。2024年元日に起きた能登半島地震では50万食、今年7月の熊本地震では政府の要請に応じて、7万食がこの工場から陸路で被災地に届けられた。
米飯非常食は一般的に「アルファ化米」と呼ばれる。開発したのは同社の創業者、尾西 敏保 氏だ。潜水艦の乗組員だった尾西氏は1935年(昭和10年)に前身の尾西食品研究所を設立。火気厳禁の潜水艦内で食べられる軍糧食を開発してほしいという海軍の要請に応じて誕生した技術だった。
軍糧食として活用されたアルファ化米は戦後、その手軽さから登山家や海外遠征するスポーツ選手らの携帯食として活用された。アルファ化米が災害時の非常食として注目されるようになった契機は、1995年の阪神・淡路大震災だ。
当時、非常食と言えばカンパンだったが、長引く避難生活で「おいしいご飯が食べたい」という要望が上がったのを受け、米飯が注目されるようになった。以降、非常食として備蓄する地方自治体が増えてきた。
2011年の東日本大震災では、アレルギー対応の食べ物やイスラム教徒向けのハラール食品の備蓄が避難所になく、食事の問題が深刻になっていた。教訓を踏まえ、尾西食品では28品目のアレルギー物質を使用しない非常食に改良し、ハラール対応の非常食も開発した。
9月には、2種類の豆や野菜、コメをカレー味で整えた非常食「ミックスビーンズライス」を発売した。レトルト食品でありながら、7年半の長期保存が可能な上に、災害時に不足しがちな食物繊維やビタミンB2、乳酸菌を摂取できる。開封すれば、そのまま食べられるため、災害発生直後から重宝される非常食だ。
調査会社の矢崎経済研究所によると、非常食の市場規模は2017年度の約160億円から26年度には約320億円に倍増すると推計されている。これまでは官公庁がメインだったが、今後は企業や家庭の需要増が見込まれるという。
本多晃工場長は「私たちは『誰ひとり取り残さない食を提供する』という思いで非常食を作っている。これからもおいしいと言われるような商品を開発していきたい」と語った。